名古屋で“大人がダンスを取り戻す”物語
- iseballet
- 5 日前
- 読了時間: 3分
「踊り出す場所はひとつじゃないけど、帰りたい場所は決まってる」

転勤で遠くに行ってしまった生徒さんが、また名古屋に戻ってきました。
人生は容赦なく人を動かすくせに、踊る場所だけは簡単に用意してくれなかったりします。
地方によっては、ダンススタジオやバレエ教室がほとんど無い地域もありますし、逆に名古屋のように
「え、こんなにあるの?」
というくらい選択肢が多い場所もあります。
SNSでもよく言われます。
「名古屋ってダンス熱いですよね!」と。
……徳川宗春のお膝もとだからでしょうか。
街のどこかに“踊り続けろ”と言われているような空気は確かにあって、そんな土地柄に助けられている気がします。
ちなみに当スタジオでは、お正月に*「日本の祭り」シアターダンス**を上演します。
城下町のざわめき、太鼓、提灯。
名古屋の歴史とダンスが交わる瞬間を作りたくて、今も企画が進行中です。
制作中のパリ公演では、徳川宗春の役柄も登場予定です。

■オンラインでは満たされない、“踊りの現場”という魔法
その生徒さんは、転勤先でスタジオが近くになく、オンラインレッスンで続けてくれていたそうです。
オンラインは便利でわかりやすい。
でも、画面越しの世界には──
床の軋み
隣から聞こえる息づかい
自分の足音
その全部がありません。
踊りって、本当はそういう“生の音”で動き出すもの。
心臓で踊りたいんだよね、画面じゃなくて。
■大人になるとレッスンから離れる理由は山ほどある
仕事、疲労、現実、優先順位。
どれも正しくて、どれも逃げたくなる。
でも、バレエの先生が言いました。
「バレエは一生の勉強よ。完璧はないの」
これってつまり、
「やめても、戻ってきてもいいよ」
という許しの言葉じゃないでしょうか。
レッスンが義務に変わると、人は踊れなくなるから。
月1回でもいい
半年ぶりだって、全然いい
大事なのは、途切れそうで途切れない、
細い糸みたいな “続ける気持ち” です。
実際、コロナで数年離れていた生徒さんも
「月2のペースで戻ります」
と、ゆっくり帰ってきました。
■「大人になると、出来ないことに挑む場所が減る」
ある大人の生徒さんがこう言いました。
「大人になると、出来ないことに挑戦する場所が減るんです」
痛いほどわかる。
失敗する自分を見たくなくなるし、プライドも邪魔してくる。
でもダンスだけは違う。
できなさすぎて笑う日もある
新しい筋肉痛で泣きたくなる
先生のビシバシ指導に折れそうになる
それでもまた来る。
なぜか?
自分の“好き”を取り戻せるから。
ダンスは、日常で黙らせてしまった“本当の声”を、
体で思い出す場所でもあるんです。
■「また踊れる場所があるって、安心しますね」
名古屋に帰ってきた彼女は、静かにそう言いました。
その言葉は、まるで夜明け前の歌みたいに静かで強かった。
踊りは逃げてもいい。
離れてもいい。
でも──
“もう一度踊りたい”は、人生のど真ん中にある感情。
だから帰ってくる。
踊り出す場所は、何度だって作り直せる。
帰りたい場所があるなら、それで十分なんです。


